呼ばれるということ

こんばんは、霊視鑑定士ロジエです。

今日は、霊能者になる、ということがどういう環境であり、どうしたらいいのかをお話しします。

最初から霊能がある人は、幼い頃や、思春期の頃に、霊能者の先輩に「こちらにくる人だね」と言われることがほとんどです。お寺の方に言われたり、神社の方にも言われる方もおられます。

そういった場合に、個人で独学でやっていると、非常に危険なため、みなさんはそれをご存知で、振り回されるのがわかっているために、誰か師匠について学んだほうが良い、という判断になります。

それを怖がったり、親御さんや周りの反対があると、病気とみなされ、病院ではまず病気と診断されます。そうなると薬漬けにされてとても不幸です。

では霊能者は霊能者だという人生を歩むほうが幸せなのかと言いますと、本当に神様や善なる存在を求める心を養い、勉強し、倫理観を持って生きていけば、必ず幸せになれます。

特に勉強は必要で、何が偽物で、どういう理想的な方が神様なのかを考えていく必要があります。

その中で、いろんなことに巻き込まれていっても、正しい神様だとわかる要素はやはり優しいか、ということです。意地悪だったり、背中を蹴る存在もいますが、懲らしめようとしてきついことをしたりする存在はやはり神様ではないです。仏様でもありません。

優しい方に、優しくお話を聞かせていただいて、そこには邪魔も入りますから、どれが本物で、という見分け方(審神)も必ず必要だと言われます。

そういった基礎知識がなく、そのまま独学でそんなの気にしない、という感じで行きますと、知らぬが花とはいえども、やはり魔術の世界に引き込まれていく人が多いようです。私はこのことをとても危険視していて、慎重に霊能を開く際は、本当に望むのか、ちゃんと師匠の言うことを聞けるか、などを見させていただいています。それは私の経験と、神様のおっしゃるご計画の中に含まれます。

私も発言権はありますから、この人はちゃんと私の言ったことを守らなかった、それでは危ないです、と申し上げますと、待ってあげてくださいとなる場合もありますし(神様のご判断で、もう霊能が開くときである、という運命の人ですね)私が手に負えるかどうかも加味してくださいます。

 

私は師匠の元で半年ほどしか修行しておりません。師匠がとても不幸でもあり、そして私も不幸になったからです。できれば、師匠になっていただく方は、幸せな方を選んでくださいね。

本来なら、神社やお寺での修行が一番管理があっていいのですが、それでも手に負えないとなると病院に入れられてしまいますし、もう来なくていい、と言われる場合もあります。

お相手の方が霊能者であれば、どれほどしんどいか、苦痛か、そして幸せでもあり、高揚感ももちろんあり、そして本当の平安な幸せに、行き着くまで、面倒を見てあげたいと思うものです。

施設は、そういうことは言われないですし、日々修行と勉強です。

それで本物の神様がわかるか、というとわかりますが、自分の心の葛藤や怖さといった部分で、乗り越えていけるか、ということが一番大事で、そういう相談にじっと何時間でも付き合ってくださる師匠を選ぶ、という基準はあります、と神様も仰っておられます。私もそう思います。

間口は狭いですが、一度はまともに世間に認められている施設にて、修行をしてみることが一番良いと思います。とても勉強になりますよ。

お幸せを願って。

いつかはあなたにも、光が見えますように。永遠の安全と平安、優しさに触れて見てください。

 

ロジエ

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