命あるもの、賛歌

こんばんは、霊視鑑定士ロジエです。

今日は、神様から、天国は良いところだけど、今の地球に生まれて、肉体のあるうちの人生を謳歌してね、という励ましのお言葉をいただきました。

人の幸せは人それぞれ、でも共通した幸せはあるのです。

それは、愛情です。友情です。温かさです。人だけに限らず、犬や猫、鳥、いろいろな動物、植物、そして自然…仲良くなればなるほど、あなたの霊性は生き生きと喜び、生気を分けてくださる方もいます。

心を通じ会うのに、霊能が必要というわけではないのです。

なくても、開いてないと思っても、話しかけるだけで良いのです。

あなたを愛しているよ、と。

私たちは、徐々に人生を「俗世間」という社会的関係に呑まれていきます。でも、本来は人は、自然に行動するべきで、思うことを思うようにできないと、または嫌なことを強いられると、非常にストレスを感じます。それは自然な生き方ではありません。でも、密生した社会の中で生きるには、何かしらのルールが必要であり、人の場合には様々な性格もあり、それが合わない人もいます。

世捨て人、とまでは行かなくても、お国柄では、田舎に発電機を持ち込んで一人で暮らす人もいるほど、社会が嫌な人もいます。その人にとっては、さみしさよりも、人といるのが嫌なのです。

人といるのが大好きな人は、人の輪に入りたくなります。それはそれで幸せなのです。でも少しのルールは、その団体にあり、それを守れるかが問題になります。

非常に多様性のある感情を持つヒトは、他の動物のように、生きるための本能が強くありません。その代わり、何かを捨ててでも何か他の新しいものを生み出せるのです。本来なら、動物がしない、命をかけて何かをする、ということができるのがヒトなのです。

私たち神は、人間の霊能を抑えました。

悪魔が、それを利用しようとしたからです。

悪魔は姿は黒いもやのような存在として、宇宙を漂い、この地球にたくさんいます。帰るところはありますが、それは光のない闇の世界です。霊能が開いていない人には可視できません。見ない方が良いからです。この存在は、人間が器用で武器を作ることができ、簡単に殺傷力の強いものを作れることに着目し、大きな戦いをすることを洗脳で憑依し影響をし、そしてその行為を礼賛しました。自分たちで洗脳しておいて、それを自画自賛のように、ヒトを左右する存在が悪魔です。その上で「勝たせてやる、私に貢物をせよ」と迫ります。そして闘神と言われる存在と成り上がりました。最後には、それをヒトが選んだ道、と人間のせいにします。

でも、本当に最後に笑うのはその存在を崇めた人でしょうか?

笑わない神が、最後に人を救って微笑むのです。

悪魔は返されます。

呪いで何かを成就しようとしてはいけません。

真面目に生きる人は、ちゃんと報われるのです。真面目に生きられなくても、最終的な救済は必ずあります。命は皆、平等に貴いのです。

安心できる、心からの安全を感じる方々です。私はそういう安全が得られるまで、家の中にいても、暖かくて幸せな居心地の良い部屋で安眠できるよう望みます。

神様のお話はいつも嬉しいですね。

ロジエ

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