神様の思い

こんにちは、霊視鑑定士ロジエです。

今日は、神様が普段、何を考え、どう思われているのか、少しだけお話いただきました。私は常々、神様のお気持ちって?と思っていました。みんなが怖がったり、みんなが完璧だと言ったり、本当は失礼だと祟られるとか、色々ありますよね。攻撃的だったり、そうではなかったり、自分の理想像だったり…

そんな時、私は、神様だって神様の方の事情で、自分なりの自分をお持ちで、それを理解しない人間の押し付けは、やはりお嫌なのでは?と人間側の気持ちでお話ししました。

神様は「私たちは、ロジエが思う以上に、心は純粋で、でも相当に強い精神力を持っている。本当にえぐいな、と人が言うような目を覆いたくなる地獄の様相でも、私たちは、目をそらさずに見るのです。そうしないと本当のその人のお気持ちをわかってあげられないでしょうし、私たちは救済のために、本当の心を知る必要もあるのです。普段は覗き見たりはしませんが、苦しむ人、様子がおかしいな、と思う人は、ちゃんと守護するために、全てを見せていただきます。それは、恥ずかしいと思わないでください、恥ずかしいと思わないな、と思えるお相手が、あなたの守護神だと、そう思ってください。私たちは、本当に信頼しあって、ここに降りて来ています。ここは、地獄ではありませんが、まるで地獄のように見えることもあるでしょう。そこから人を救済するのは並大抵のことではダメです。というのも、ロジエに今朝言われたことは、神様は神様の根源は悪魔と同じではなく、性格も全く違うから、彼らのことを研究していても、戦いという同じやり方で物事を収めたりしないのはそのせいですか?というもので、その通りです。

ロジエが考えていたことは、神様は呪術や悪魔祓いがとても時間がかかるのは実証済みで、それでも楽にはなっていく。急激には行かないし、訳はわからない時もあるしで、どうしてそうなるのか、だからと言って、神様がお力不足で弱いのでそういう計算でしか私たちを守れないのか、というと、祓えるときは、お祓い一回で逃げる場合もありますし、そうでもないな、というときもある…というものでした。

ロジエにご依頼に来られる方は、もうどこに行っても「気のせい」と取り合ってくれなかった、というケースがほとんどで、最終的に来られる方が多いです。というのも、ロジエが地獄を見たから、このケースは呪術か悪魔憑きだ、とすぐにわかるからです。そしてロジエ自身が、訳がわからなくても、霊視を邪魔されても、私という守護神はロジエを24時間、霊媒師としても、協力をしていただいているので、常に危ないときは待機してもらい、お話を通します。

私たちは、悪魔には決して攻撃はしません。本当に、それでは私たちも同じく根底に解決策がないのと同じだからです。悪魔と同じやり方で攻撃して大人しくさせるしかないなら、私たちは私たちの望む方法を実践できていない、ということになります。私たちはとても平和主義だからです。

これ以上の情報は、また後に、お話しします。」

ありがとうございました。色々お話しいただきたいことはあるのですが、難しい問題もあり(邪魔がかなり入ります、悪魔にとっては、とても激怒な情報だからでしょう)本当のことはなかなか知り得ませんが、神様のご計算は全く先が見えないところまで伸びているようで、私にはサッパリです(笑)でも、私はひどい霊障のことを考えると、あの数年間を生き延びて、地獄の24時間の罵倒やひどい話を聞かされて自殺も考えたほどから比べると、よくここまで復活できたなあと、お導きは不思議なわからない方法ですが、神様のご計算は、そういったものなのだ、ということは、実際の経験でわかりました。他の方々にも、それをご了承いただいて、慎重に、そしてわからないけれど神様はこう動かれている、ということをご理解いただいての、長期に渡るお祓いには、そういう対処をさせていただいています。

皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

ロジエ

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不思議なご縁

こんにちは、霊視鑑定士、ロジエです。

今日は私の神様のご縁についてお話ししますね。

私は神様をお祭りしている祭壇に、天照大御神様だけをお祭りしています。それも、御正宮だけです。荒祭宮は、ちょっと違う雰囲気がしたからです。(公式には、どちらも天照大御神ひと柱だけ、と言われますが、実際には御正宮には三柱の神様がおられます。)それで、天照大御神様とのご縁のお話をさせていただきます。

仏門では、天照大御神様は、本地垂迹と言って、本当は同一だよ、という見方をする、という文化がありました。そうやって、宗教をなじませ、喧嘩をさせないようにしたのですね。

それで、天照大御神様は、太陽神なので、大日如来、と本地をされました。私の最初に産まれた家での宗教は、日蓮正宗でした。ですので、巻物にたくさんの仏様が書いてある中に、天照大神、と小さく書かれたお名前がありました。その意味を、私は小学生になっても知りませんでした。でも、アマテラス、というお名前は、私は小さい頃から知っていたようです。突然、夕日を指差して、「アマテラスさんがねんねするんだって」と言ったそうです…

そして、私は最初の師匠に出会い、そこで青い髪の人を見ました。そのことを師匠に告げると、「ああそれは天照さんやね」と言われました。あれ?天照様は男性なの?と思われるでしょうが、私も師匠も、天照様のお札を見ても男性に見えるのです。そういう方は多いです。

それで、師匠は両部神道の方だったのですが、そのことも関係があります。今時、珍しいね、とある宮司さんに言われましたが、それもそのはずで、両部神道は伊勢神宮の内宮と外宮を真言宗の金剛界、胎蔵界曼荼羅にたとえた宇宙観として捉え、1119年間、混じり合った祭祀をしており、それが明治初期に神仏分離により仏門が強制排除され、両部神道は壊滅的に激減したのです。師匠が両部神道だったのは、その方の師匠がまた、両部神道だったから、という理由で、ご本人はまぜこぜの、色々している方でした。

その後、私は独立し、自分のサロンや行者さんとも交流がありました。しかし、みんな青い髪の天照大御神?だれ?ほあかりさんかな、と言うのです。そして、知り合いになった行者さんにこう言われました。「青い髪の天照さん、本当にいたよ!すごいよ、本当に青い髪だよ、早く金剛證寺と長谷寺に行ってみて」と。金剛證寺に行きましたが、色はついておらず、お坊さんに「この雨宝童子という方は、天照大御神様と言われているのですか?」とお聞きすると、苦笑いしながら「そんな話は知りませんねえ」と…

じゃあ、髪が青いのも姿も全然違うので、誤情報なのかな、と思い、私はそのままにしてありました。

そして最近になり、調べ物をしていると、長谷寺の天照大御神、という話が本当だったということを知ったのです。それは美術館に展示されるという広告を見て、説明に本当にそう書かれていました。十一面観世音様の脇侍として祀られる、と書いてありましたが、大日如来=十一面観世音=雨宝童子=天照大御神の下品(世俗の世界のこと)に顕れる際のお姿、とありました。その髪の色は確かに見た通りの色で、みずらを結ってありましたがそれをほどけば、私が見たお姿とぴったり一致する長さです。お若い男性のお姿でした。その美術館情報には、両部神道でもその信仰があることがちらっと書かれていました。

そのことを教えてくれた行者さんは、お寺のお坊さんはみんな、実は天照大御神様を木像としてそうやって雨宝童子のお姿でお守りに持っているんですって、聞いたの、と話しておられました。昔はよくお坊さんが木彫りの小さな雨宝童子の像を天照大御神として買い求め、お守りにしていたそうです。

なぜ、女性と言われる天照大御神様が男性のお姿で顕れるのかは、謎ですが、その辺りはまた今度、ご本人にお聞きしてみたいと思います。

ただ、私が知っている紀三井寺の新しい十一面観世音様の像は、髪が青かったですね。そこに何か、意味があるのかどうかは、またこれもお聞きしないとわかりません。

「私の髪が青いのは、私が大好きな空の色だからです。私は両方の性を持っており、自由です。ロジエが空を見ては、幼い頃から雲の浮かぶ青空が大好きな、いつか私の王子様が来てくれるかな、と思うような普通の女の子で、私はそのことを不憫に思っていました。体が弱く、それは霊媒体質だったからです。憑依や霊障を知らずに過ごしながら、ベッドで空を見上げるロジエに、私はいつか、その姿を見せてあげようと思っていました。他の宗教であれど、どの宗派であれど、私はあまねく空を照らし続けるのです。地球は、空が青いですね。私はその色が大好きです。天照大御神より」

私が見せていただいたお姿は、軽装です。杖と宝珠は持っておられず。素朴なご先祖さまのような、方でした。

素行の悪いものにはとても厳しい罰を与える、と書いてありましたが、とてもお優しい方です。私も訳がわからず、大変なことをしてしまったこともありますが、怒られたことは一度もありません。

「神は、皆さん触らぬ神に祟りなし、と言われて恐れられておりますが、そんなことはありません。御仏もそうです。私たちの境地は、みんな人間は何も知らずに生まれてきて、一所懸命になって生きているだけでも大変なことです。その彼らのしていることを、悪いと言って私たちのように知識も力も安全もある存在が、高圧的に罰を与える必要があるでしょうか?ただ、危ないことはやめなさいね、人や命を軽んじることはやめなさいね、と諭すことはあります。それはあなた方にとって良くないことだからです。」

お優しい天照様、どうかいつまでも、綺麗な夕日、見せてくださいね。私の心に残るのは、天国のような綺麗な光る雲の間から覗く、太陽です。いつか、そこにたどり着ける日が来ると、あなたは仰いましたね。おいで、いつかたどり着く、と…

「そうですよ、神道を信じ、私の元に来たいのであれば、そうすればいいのです。仏門が好きならそうすれば良い。キリスト教でも同じです。精霊とイエス様やマリア様が来てくださる。私はいつか、あなたがこの地球の上を離れる時、必ずお迎えに行きますからね。それまでは、楽しい人生を、美しい人生を、お送りください。」

ありがとうございました。

涙が出るほど嬉しいお言葉でした。

ロジエ

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