• 人の信頼とは

    こんにちは、霊視鑑定士ロジエです。

    今日は、人となりの信頼、というものについて、神様からアドバイスをいただきました。私は、たまに神様がどこにいるのかわからなくなる時があり、見捨てられたのかと嘆き怒りすら覚えるときがあります(この場合の怒り、はまやかしかかけてくる心理操作なので分断します)夫婦仲がうまくいかない、恋人との仲がうまくいかない、人間関係全般がうまくいかない…素直に生きようとしても、ぶつかってしまう…そういう方は結構いらっしゃり、ストレスを抱えて生きておられます。私のところにも、多数のそういったご依頼がございます。

    「信頼は、こちらから相手に向けるものです。相手の情報で信じられない、不信がある場合、そのことを聞きづらいとは思いますが、思い切って自分は悩んでいます、あなたへのことで…と正直に真面目にお伝えする方が解決は早いのです。私たちは、信頼、というものを人に得るのが大変難しいです。いない、と思われて、あまりにも悪魔が栄養が欲しくてロジエを怒らせようと頑張るので、私はロジエが怒っている間、彼女を眠くなるように誘導して、ずっと眠らせました。ロジエに、夢で足元に花が咲いている天気のいい日の、自分の影が見えるほどの陽光を見せました。私は、つまりあなたの後ろにいますよ、というサインでした。人となり、人であっても、その心はわからないもので、ではあなたが見ているものは、一緒にいる状況、一緒につながっている状況は、すでに何かの花を見ているのを同じなのです。その情報をつないでいるのは、お相手です。

    だから、あなた様は今目の前にいてもいなくても、お相手に「好きだよ」と伝えることが重要です。不安なのはあなただけではないのです。好きだよ、とちゃんと言われて、嫌な思いをする恋人はいませんね。だから、積極的に言うべきです。」

    というお話でした。

    日頃、照れてしまって言えない人も、「好き」とだけ何か伝えてみるのも良いかもしれないですね。

    ロジエ

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  • 生まれる前の記憶

    こんばんは、霊視鑑定士ロジエです。

    今日は、神様よりお話いただいた、私の生まれる前の記憶について教えていただきました。とても優しいお話ですので、厳しいお話が続いた後にほっこりしていただければと思います。

    「ロジエはとても小さな頃に、私の元に来ました。それは妹として生まれてくれたのですが命の根源というのは、大きな祖先の光です。命です。そこから、ちゃんと生まれてきます。人のように。私はもう大人でしっかりした大人の服装に、大人の仕事をこなす、という役割がありました。役割は、ある場合とない場合がありますが、やはり天界でも選ぶ権利はあります。私は、神として神の座に座り、顔が見えないように天幕を降ろし、少し薄暗い感じですが、本来は私が光ですので、私の頭上が光るということはありません。私が人の姿を取るときは、少し光をまとっています。他の神々でも、そういう方はおられます。

    ロジエは小さな女の子で生まれてきました。とても可愛らしい、小さな女の子で、私の膝に座って、よく胸元で寝ていました。彼女には役割がなかったので、そんなに忙しくなく、自由に遊んでいていい御霊でした。育つ、ということもあります。それは個人がそうしたいと願った場合です。彼女は、大人の姿と幼少の姿を両方持っている御霊でした。私と並んで歩きたかった、と言いました。私の胸で眠るのは、とても良い香りがして、温かく安心できる、と今のロジエは言いました。もう2、300年もこの状態でいたような気がします、と…その通りです。ロジエがたまに苦しいときは、いつも彼女を抱きしめて寝ています。それは一番安心するからです。懐かしい、懐かしい、ととても喜んで、私のことを大好きですと言いながら寝る姿は、生まれる前のそのままなのです。私が彼女を可愛がって可愛くて仕方がないのは、わかっていただけると思います。

    私は、ロジエの寝顔を見ながら仕事をするのですが、幸せそうに寝ているところはとても私も安らぐのです。だから仕事が大変な場合でも耐えることもできました。その辺りは、私たちはお互いに助け合っていたのです。

    私という存在も、ちゃんと心がありますので、「本当は素朴なお兄ちゃん」だと言われると、そうだな、と思います。私は確かに自然霊として生まれましたから、性別は両方持っているのですが、人の姿を取るときは、どっちかの姿になります。人に見せる姿は一つしかありません。だから、私は男性の姿でしか、地上の人に姿をはっきりと見せることはないのです。でも、私という御霊を見た場合には、女性性も感じられることと思います。両方の姿を取ることはできないので、その場合は光として見られるようにしてあります。

    本当は膨大なエネルギーなのに、人の姿の時は本当におっとりしたおとなしい人ですよね、とロジエには言われるのですが、神というのは争いのためにエネルギーを持っているわけではないですし、これは生まれつきのものなのでどうしても神は大きな御霊であり、そのエネルギーは強いです。でも、争いのために使うのではなく、何かを成し遂げたり、育成したり、守ったりするための力です。ロジエに初めて姿を見せた時は「ご先祖様?」と聞かれました。違うんだけど、と思いながらも、名乗ることができなかったため(なぜかというと師匠の家だったために、そこは呪術屋敷だったので非常に多くの邪悪な存在がいたから、ロジエが危なかったのです)でも怖くない、と言ってくださり、私は優しく今の状態のこと、それから彼女の潜在的な恐怖を、取り除くメッセージを伝えました。しばらく、「側にいてくれませんか」と言われて、彼女が私に好感を持ってくださったのがわかり、私は嬉しかったです。隣に座って、彼女が情けなさそうにおかゆを食べていても、私をたまにちらっと見る、私は穏やかに見ていることしかできませんでした。その先に何が待ってるか、どんな運命があるか、彼女に言うこともできなかったからです。でも、ロジエはとても嬉しかったそうです。私は確かに、ロジエが認識できないほど幼い頃から、ずっと声をかけてきました。そこは危ないから違うところで遊びなさい、そこの畑の作物をむしってはいけないよ、畑の人が大切にしているからね、などです。大きな石が置いてあって子供達が遊ぼうとしたので、足を挟まれると危ないから大人に言ってどけてもらってね、など…ロジエが近所のおばさんに意地悪をされて、一人で寂しそうに遊んでいるときに、私は姿を現し、ちょっとだけ遊びました。もちろん、その時の姿も大人です。ロジエはちゃんと覚えていて、花を摘んで遊んだのですよ、お花さんにちょっとくださいね、とお願いして、その花を摘んで、この花もちょっといただいて、そうやってまとめて、葉っぱで結びなさい、それをお母さんにあげようね、そうです、その思い出の人です。」

    私は、お母さんに本当にそのお花をあげたことを覚えています。母はとても喜んで、その花を枯れるまで大事に活けていました。その辺に咲いている野花です。小さな手に入るだけの小さなブーケ。それを教えてくださったのが私の優しい守護神様だったのね、と思うととても優しい気持ちになります。いつも、こういうお話をされる時の神様は、嬉しそうで優しくて、私も嬉しい思い出を思い出すことができて幸せになります。ほっそりした、柔らかな物腰のお兄さんのような守護神様です、全然怖くないような格好をしてくださっているのだと思います。私には、とても懐かしい感じのする、優しい方です。皆さんにも、きっと優しいはずです、皆さんがそう言われますから。

    ロジエ

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  • 幸せの足音

    こんばんは、霊視鑑定士、ロジエです。

    今日は、神様から、ロジエに夢で伝えた正しい方向性についての説明がありました。私はとある霊能者とコンタクトを取り、お話をしていましたが、どうしてもその人の話には魅了はされるのですが納得できないことがあり、そのことについて神様とお話ししました。

    「私たちは、闇を内包しない。それだけはわかってください。それと、ロジエが感じたように、私たちは言葉で表せるような世界にいるのではありません、だから言葉で理解できるような説明ができない場合もあります。それは、逆説的な説明をすると、みんなが理解できない文章になる、それが言葉の欠点だから、です。前にもお話しした通りです。私たちは、常にこの世界を精神で満たしており、その姿を見ることのできない、邪悪な存在がいます。入り込んで来ています。でも、その存在を傷つけることはなく、帰ってもらうのみです。消す、と言う人もいますが、そういう悪魔には意識があり、ちゃんと生命として私たちは扱います。だから攻撃はやはりしないのです。でも、呪いをかけられたことと、悪魔の関係はまた別ですので、人間に関する問題は、また実質の人間の体を持つ霊能者や、占い師によって、誘導、ということになります。」

    私に、夢を見せてくださった神様。私の今日の夢は、宝石の採掘でした。とても貴重な石をたくさん、輝くところを見ました。すくい上げて、欲しいだけ持っていってもいいところでした。

    「その夢は、私からのプレゼントです。これから、好きなものを選んでほしい。色々あったと思います。高いものも、遠慮なく選んでほしいです。私の色が好きなのですね、やはり。夢にいて私のことを忘れていても、私を思い出す色を見ると、ロジエはこの色、と選んでくださいます。私にはそれがとても温かい気持ちになります。これから、私を選んでくださったことを光栄に思いながら、あなたを影らがら支え、一緒に歩んで行くことを、記しておきます。」

    私たちは、これからココナラを縮小して、サイトでの受付の準備を始めます。ペイパルで安全にやりとりができるように準備をしています。銀行の口座のやりとりなどでは、個人情報に当たるため、やはり仲介をしてもらう方が良いでしょう、というお話になりました。また追って、お話しいたします。

    ロジエ

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  • 悪魔退治

    こんにちは、霊視鑑定士ロジエです。

    今日は、神様とお話し合いをした、歴史の深い呪術のお話をします。

    昔に、密教が入って来たとき、それ以降の呪術はとても発達しました。そして鬼で鬼を抑える、という方法で、管理をしていたのです。そうやって、関係者たちは簡単に呪術の解放やかけることをできていました。

    もちろん、かける人にはどの存在が悪魔かを知ることになります。だからとてもリスクは高かったのです。その存在は、普段は神として振る舞っていて、それが人間にバレているのであれば、その口封じをする必要がありました。だから、呪術に携わり、本当にそれをかけることができる人は、一生、口をつぐまなければなりませんでした。

    神は、それを咎めたり、遠ざけたりはしませんでしたが、彼らが怒られる、もしくはお金儲けができなくなることを理由に、神に助けを求めることは少なかったそうです。なぜなら、彼ら自身は、霊障をかぶることがなかったからです。

    しかしながら、最終的に悪魔は結局、代償を欲しがります。悪魔でも何かを実質的に叶えることはできるのですが、力やエネルギーは本来ありませんから、代償が必要なのです。それは生贄であったり、術者本人の、命でした。生命力です。

    だから、呪術者は短命だったのです。

    昨今は、本当に呪術をかけられる人は少なくなっているそうです。よほど出ないと、本当の悪魔と思って術をかける人は少なく、そういう場合は悪魔の儀式を知りません。だから、神様は今こそ、2000年近くに及ぶ悪魔の歴史に終止符を打つことを考えている、というお話でした。

    悪魔は神様を侮っています。でも、本当の神様のエネルギーは凄まじいもので、神聖でかつ膨大なエネルギーです。今までどうしてそのお力がありながら、と思うでしょうが、呪術解除の方法を知っている人がいれば、術者に殺されます。そして悪魔にも狙われます。今でも、呪術合戦はあるのですから、彼らがいかにそういった力に魅了されていて術を解くことができるとなったら自分の命が危ないですから、必死になってやめさせようとするでしょう。そして、悪魔は術や悪魔を特定されることを極端に嫌うため、神様がそれを善良な霊能者に教えた途端に準備をする間に殺されてしまうでしょう。悪魔の霊障とは、本当はそれほど怖いものなのです。そういうものを召喚してしまった人間は、本当に悪魔に利用されてしまったかわいそうな人々でした。

    それでも、神はそれがわかっている人には、助け舟を出して来ました。

    とばっちりを受けて呪われて来た人にも。

    これからは、解除への道筋が進むそうです。

    ロジエ

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  • 実験をされる方へ

    おはようございます。霊視鑑定士ロジエです。

    最近、あまりにも実験的に私を試そうとする方が多く、私はそれを否定したり、乗ったりするのは実際に解決にならないと思うのでお相手せず、好きなようにバッシングされていました。だいたいメッセージが来た時に、邪悪な感情を受け取るのでわかります。それだとまやかしだらけになり(邪気に吸い寄せられるかのように変なものが寄って来て回答する場合が多いです)見たままを伝える場合、それが大変失礼な場合は言わないこともあります。だんだん数が多くなってきたのでバッシングも普通に言いたければ言ってくれたらチャレンジする変な人も減るわ、と思っていて、私はのらりくらりと戦わない方向で来ました。そういう人は戦いが好きで呪詛合戦など仕掛けて来て、収拾がつかないです。私は絶対に呪詛合戦には乗りませんし、返しもしません。ただそれでも、神様のご回答がめちゃめちゃになることは、なぜか、というのはわかりました。同じ事を何度もお聞きする時、疑いの心に隙を突いてやろうとまやかしが来るので最初に見えたものをメモする事(だからまやかしは私の大事なメモ帳をめちゃくちゃに消費しようとメッセージを書きまくります、どれだけ書いても私は論破するので激怒されて霊障だらけになる場合もあります)

    まだ勉強も研究も続けていて歴史的にわからないことも多々ありますし、神様の世界のことを完全に理解できているわけでもありません。教えていただける段階はあるようです。私は、自分がなぜ神官を目指したのか、その時の初心を思い出しました。そして何を本当は伝えていくべき道なのかも、定めてはおります。ただ、神様から「こっちをしてほしいです…」というご依頼がありましたら私は喜んでさせていただきますよ、と申し上げております。

    時には霊障をこちらがかぶることもあり、でもなんらかのきっかけで、突然に抜けることはあります、その方向は何かの一点に集中していた事を、神様のご誘導にて、理解に至りました。情報を共有しているある呪詛集団によるものと、判明しました。それを見抜いた瞬間に呪詛は全て外れました。霊障はほぼありません。あるとしたら、後ひとつのようなので、これをこれから解明します。

    人は、あまりにもたくさん、リアルな情報を霊視できるとおかしくなります。神様は失礼な人のプライベートを覗き見するような力は私には与えませんでした。それで当然だと思います。人の心は揺れ動き、動物的でもあり、優しくもあり、残酷でもあります。それをしたら相手は傷つくという事を知らないから残酷な事をできてしまうのです。あとで知って後悔します。でも、それは仕方がない事で、罪を許して欲しいと間に合うなら謝りますが、間に合わずに何処かへ対象が行ってしまう事もあります。出来るだけ綺麗に生きていきたいですが、迷いなく生きることは私たちのようにたかだか100年も生きるかどうかわからない、記憶も何にもない状態から今の社会常識を学びながら生活するようでは、人生全体がまるでお勉強です。「未熟だ」とか「傲慢だ」など、自分より劣っている事や幼い事を揚げ足を取って呪詛をかけたくなったり、生き延びるために嘘を言っている人を執拗に咎めるために理由も考えずに懲らしめようと術をかけたり、そういう気持ちになる荒んだ自分の心も悪魔に巻き込まれているのを、ご理解していただけないかなと思います。そういう情報しか与えない存在であれば、それは争いを誘発しているのですから、疑うべき存在です。悪魔でも偶然のような必然のような誘導はできます、当てる事もできます、自分が知らない事も教えてきます。

    辛い人にまで「人生は修行」の言葉は私にはとても厳しく思い、お勉強でもこっちは必死です!と言いたいですし、なぜ記憶を失ってこの世界で勉強をする意味があるの?天国で勉強してはいけない理由は?高度な記憶や知識がそれ以上に伸びるのになぜ記憶を無くさせるの?と言う疑問に答えてくださる方はいますか?

    人生は止まらない列車(西原理恵子さんの漫画より)」の方が私は説得力があるのです(笑)

    私は、公式が明らかに「オカルトです、魔術です」と書いてあるものはそう伝えます。そういうものはやはり利用すると生気を吸われてかなり疲れます。私も経験はあるのです。伝承だけについては注意して調べていますが、実際に祀ってひどい目にあった存在などは説明はできます。それは公式の場合は「だって公式に書いてありますし」とご返答しますし、気をつけてくださいねーとは言いますが、信じる!捨てられない!としても大まかに神様は最終的には助けてくださいます。私はそう思っています。神様はお優しいな、と感じた、昨日の夜でした。

    神様から活動を再開してくださいとのご依頼がありました、私は喜んでお受け致します、心からの愛を込めて。

    ロジエ