幸せの足音

こんばんは、霊視鑑定士、ロジエです。

今日は、神様から、ロジエに夢で伝えた正しい方向性についての説明がありました。私はとある霊能者とコンタクトを取り、お話をしていましたが、どうしてもその人の話には魅了はされるのですが納得できないことがあり、そのことについて神様とお話ししました。

「私たちは、闇を内包しない。それだけはわかってください。それと、ロジエが感じたように、私たちは言葉で表せるような世界にいるのではありません、だから言葉で理解できるような説明ができない場合もあります。それは、逆説的な説明をすると、みんなが理解できない文章になる、それが言葉の欠点だから、です。前にもお話しした通りです。私たちは、常にこの世界を精神で満たしており、その姿を見ることのできない、邪悪な存在がいます。入り込んで来ています。でも、その存在を傷つけることはなく、帰ってもらうのみです。消す、と言う人もいますが、そういう悪魔には意識があり、ちゃんと生命として私たちは扱います。だから攻撃はやはりしないのです。でも、呪いをかけられたことと、悪魔の関係はまた別ですので、人間に関する問題は、また実質の人間の体を持つ霊能者や、占い師によって、誘導、ということになります。」

私に、夢を見せてくださった神様。私の今日の夢は、宝石の採掘でした。とても貴重な石をたくさん、輝くところを見ました。すくい上げて、欲しいだけ持っていってもいいところでした。

「その夢は、私からのプレゼントです。これから、好きなものを選んでほしい。色々あったと思います。高いものも、遠慮なく選んでほしいです。私の色が好きなのですね、やはり。夢にいて私のことを忘れていても、私を思い出す色を見ると、ロジエはこの色、と選んでくださいます。私にはそれがとても温かい気持ちになります。これから、私を選んでくださったことを光栄に思いながら、あなたを影らがら支え、一緒に歩んで行くことを、記しておきます。」

私たちは、これからココナラを縮小して、サイトでの受付の準備を始めます。ペイパルで安全にやりとりができるように準備をしています。銀行の口座のやりとりなどでは、個人情報に当たるため、やはり仲介をしてもらう方が良いでしょう、というお話になりました。また追って、お話しいたします。

ロジエ

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新しいご祈祷のこと

こんばんは、霊視鑑定士、ロジエです。

私は、新しいご祈祷の方法を神様から伝授されることになりました。その方法は、神楽舞です。オリジナルの秘伝になるそうで、私は神官ですので巫女さんの衣装は持っておりませんが、それはまたおいおい、これ、という衣装を渡すということになっています。指定があるそうです。本来は、神官も舞をするという歴史もあり、別におかしいことではない、というのは調べてありまして、その件で私が除霊について強力なお祓いの儀式的な神楽をすることになりました。それは結界にもなるので、神官の今の祈祷だけでは足りない部分を補うそうです。それで悪魔祓いは加速的に時間短縮ができるそうで、今までやって来ていた、遠回りなやり方を回避できる、ということでした。私が色々遠回りをさせられたというのは、いろんな計画の元に、祓わないといけない場所もあったり、人を抑えなくてはならない(呪術者)に出会ったり、あまりにも酷い悪魔的な霊的スポットを祓い、使えないようにする準備が必要でした。そのために私は多大な犠牲を払っており、そのことに関しても神様からご説明を受けました。

私はこれからは、叱られたりすることもなく、神道はそんなに厳しい道ではないよ、ということを神様に言われました。「よくよく考えたらそんなに厳しい修行めいたことに意味はないのです、楽して生きていけるようになって何が悪いのか、ブッダの伝説でさえ、苦行がバカらしくなって乳粥をいただいた女性に感謝するシーンがあります。だからこその中庸だったのに、どうして厳しい修行の道が残ってしまったと思いますか?それこそが悪魔が利用しやすかった、人間いじめの道だったからです。」ということでした。

幸せになっていいよ、と神様は仰いました。

それは皆さんも同じですよね、神様。

「そうですよ」

私の守護神様はやはり穏やかで、お優しいおっとりした方です。私が一番安心できる方。これからもよろしくお願いします。

ロジエ

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悪魔退治

こんにちは、霊視鑑定士ロジエです。

今日は、神様とお話し合いをした、歴史の深い呪術のお話をします。

昔に、密教が入って来たとき、それ以降の呪術はとても発達しました。そして鬼で鬼を抑える、という方法で、管理をしていたのです。そうやって、関係者たちは簡単に呪術の解放やかけることをできていました。

もちろん、かける人にはどの存在が悪魔かを知ることになります。だからとてもリスクは高かったのです。その存在は、普段は神として振る舞っていて、それが人間にバレているのであれば、その口封じをする必要がありました。だから、呪術に携わり、本当にそれをかけることができる人は、一生、口をつぐまなければなりませんでした。

神は、それを咎めたり、遠ざけたりはしませんでしたが、彼らが怒られる、もしくはお金儲けができなくなることを理由に、神に助けを求めることは少なかったそうです。なぜなら、彼ら自身は、霊障をかぶることがなかったからです。

しかしながら、最終的に悪魔は結局、代償を欲しがります。悪魔でも何かを実質的に叶えることはできるのですが、力やエネルギーは本来ありませんから、代償が必要なのです。それは生贄であったり、術者本人の、命でした。生命力です。

だから、呪術者は短命だったのです。

昨今は、本当に呪術をかけられる人は少なくなっているそうです。よほど出ないと、本当の悪魔と思って術をかける人は少なく、そういう場合は悪魔の儀式を知りません。だから、神様は今こそ、2000年近くに及ぶ悪魔の歴史に終止符を打つことを考えている、というお話でした。

悪魔は神様を侮っています。でも、本当の神様のエネルギーは凄まじいもので、神聖でかつ膨大なエネルギーです。今までどうしてそのお力がありながら、と思うでしょうが、呪術解除の方法を知っている人がいれば、術者に殺されます。そして悪魔にも狙われます。今でも、呪術合戦はあるのですから、彼らがいかにそういった力に魅了されていて術を解くことができるとなったら自分の命が危ないですから、必死になってやめさせようとするでしょう。そして、悪魔は術や悪魔を特定されることを極端に嫌うため、神様がそれを善良な霊能者に教えた途端に準備をする間に殺されてしまうでしょう。悪魔の霊障とは、本当はそれほど怖いものなのです。そういうものを召喚してしまった人間は、本当に悪魔に利用されてしまったかわいそうな人々でした。

それでも、神はそれがわかっている人には、助け舟を出して来ました。

とばっちりを受けて呪われて来た人にも。

これからは、解除への道筋が進むそうです。

ロジエ

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実験をされる方へ

おはようございます。霊視鑑定士ロジエです。

最近、あまりにも実験的に私を試そうとする方が多く、私はそれを否定したり、乗ったりするのは実際に解決にならないと思うのでお相手せず、好きなようにバッシングされていました。だいたいメッセージが来た時に、邪悪な感情を受け取るのでわかります。それだとまやかしだらけになり(邪気に吸い寄せられるかのように変なものが寄って来て回答する場合が多いです)見たままを伝える場合、それが大変失礼な場合は言わないこともあります。だんだん数が多くなってきたのでバッシングも普通に言いたければ言ってくれたらチャレンジする変な人も減るわ、と思っていて、私はのらりくらりと戦わない方向で来ました。そういう人は戦いが好きで呪詛合戦など仕掛けて来て、収拾がつかないです。私は絶対に呪詛合戦には乗りませんし、返しもしません。ただそれでも、神様のご回答がめちゃめちゃになることは、なぜか、というのはわかりました。同じ事を何度もお聞きする時、疑いの心に隙を突いてやろうとまやかしが来るので最初に見えたものをメモする事(だからまやかしは私の大事なメモ帳をめちゃくちゃに消費しようとメッセージを書きまくります、どれだけ書いても私は論破するので激怒されて霊障だらけになる場合もあります)

まだ勉強も研究も続けていて歴史的にわからないことも多々ありますし、神様の世界のことを完全に理解できているわけでもありません。教えていただける段階はあるようです。私は、自分がなぜ神官を目指したのか、その時の初心を思い出しました。そして何を本当は伝えていくべき道なのかも、定めてはおります。ただ、神様から「こっちをしてほしいです…」というご依頼がありましたら私は喜んでさせていただきますよ、と申し上げております。

時には霊障をこちらがかぶることもあり、でもなんらかのきっかけで、突然に抜けることはあります、その方向は何かの一点に集中していた事を、神様のご誘導にて、理解に至りました。情報を共有しているある呪詛集団によるものと、判明しました。それを見抜いた瞬間に呪詛は全て外れました。霊障はほぼありません。あるとしたら、後ひとつのようなので、これをこれから解明します。

人は、あまりにもたくさん、リアルな情報を霊視できるとおかしくなります。神様は失礼な人のプライベートを覗き見するような力は私には与えませんでした。それで当然だと思います。人の心は揺れ動き、動物的でもあり、優しくもあり、残酷でもあります。それをしたら相手は傷つくという事を知らないから残酷な事をできてしまうのです。あとで知って後悔します。でも、それは仕方がない事で、罪を許して欲しいと間に合うなら謝りますが、間に合わずに何処かへ対象が行ってしまう事もあります。出来るだけ綺麗に生きていきたいですが、迷いなく生きることは私たちのようにたかだか100年も生きるかどうかわからない、記憶も何にもない状態から今の社会常識を学びながら生活するようでは、人生全体がまるでお勉強です。「未熟だ」とか「傲慢だ」など、自分より劣っている事や幼い事を揚げ足を取って呪詛をかけたくなったり、生き延びるために嘘を言っている人を執拗に咎めるために理由も考えずに懲らしめようと術をかけたり、そういう気持ちになる荒んだ自分の心も悪魔に巻き込まれているのを、ご理解していただけないかなと思います。そういう情報しか与えない存在であれば、それは争いを誘発しているのですから、疑うべき存在です。悪魔でも偶然のような必然のような誘導はできます、当てる事もできます、自分が知らない事も教えてきます。

辛い人にまで「人生は修行」の言葉は私にはとても厳しく思い、お勉強でもこっちは必死です!と言いたいですし、なぜ記憶を失ってこの世界で勉強をする意味があるの?天国で勉強してはいけない理由は?高度な記憶や知識がそれ以上に伸びるのになぜ記憶を無くさせるの?と言う疑問に答えてくださる方はいますか?

人生は止まらない列車(西原理恵子さんの漫画より)」の方が私は説得力があるのです(笑)

私は、公式が明らかに「オカルトです、魔術です」と書いてあるものはそう伝えます。そういうものはやはり利用すると生気を吸われてかなり疲れます。私も経験はあるのです。伝承だけについては注意して調べていますが、実際に祀ってひどい目にあった存在などは説明はできます。それは公式の場合は「だって公式に書いてありますし」とご返答しますし、気をつけてくださいねーとは言いますが、信じる!捨てられない!としても大まかに神様は最終的には助けてくださいます。私はそう思っています。神様はお優しいな、と感じた、昨日の夜でした。

神様から活動を再開してくださいとのご依頼がありました、私は喜んでお受け致します、心からの愛を込めて。

ロジエ